革命家 吉鷹弘 YOSHITAKA HIROMU

 

その男は、まさに救世主だった。
シーザーが選手兼プロモーターという激務に追われ、現役として限界を感じ始めたころ、関西からスケールの大きいファイトをする中量級の戦士が現れた。


その名は川上一弘。90年に行なわれた全日本ホーク級タイトルマッチで川上は平直行をKOし、戴冠を機にリングネームを吉鷹弘と変える。吉鷹がエースとなってから、元気のなかったSB全体がふたたび燃え上がりはじめる。
吉鷹は精力的にSBの強さをアピールした。


交流戦に強かったのも特徴のひとつ。対K-1や対キックボクシングには、いつも以上に闘志を燃やし名勝負を数多く残した。Uインターのエースだった大江慎との一戦は、まさに格闘技史に残るベストバウト。SB初のワンデートーナメント大会となる『S-cup』が開催されたのも吉鷹の功績が大きい。


SBの歴史の転換期に現れ、立ち技格闘技の図式を塗り替えた革命家、吉鷹弘。彼がいなければ、今日の中量級の盛り上がりはなかったと言っていい。

 

ギャラリー


94年、『K-1GP』のリングで吉鷹はヒポリットと対戦。右アッパーを中心にヒポリットをダウン寸前まで追い込み、日本中量級の意地を見せた

歴史に残る大江との対Uインター最終戦。倒し倒されの大激闘となったが、三度のダウンを奪った吉鷹が判定で勝利した

吉鷹は最後の試合で最強の敵・デッカーと対戦。フックとアッパーのコンビネーションで何度となくグラつかせるが、ダウンを二度喫し判定負け。試合後、リング上で引退を発表した