シュートボクシングの主義

  格闘技とは人間が持つ闘争本能から生まれ、本来殺傷を目的とした時代から、何千年もの時を経て、形を変え現在に受け継がれて来た歴史のある競技です。
  わが国日本においては、武家制度の確立に伴って、格闘技は武士にとって必ず鍛錬、修得しなければならない技術として発達しました。それはただ単に殺傷を目的としたものではなく、武士道における哲学的な志向を持った高度な技術体系の格闘競技、あるいは武道となり今日に至っております。武士道における格闘技の鍛錬、修得の目的は、攻撃、護身の技術だけにとどまらず、精神面における強化にあります。これは心身を錬磨し、健全な肉体と精神を養う事で、人間形成に大きく役立つものであると考えます。
  シュートボクシングは、“サムライの闘い”を踏襲した「立技の総合格闘技」であることを理念とし、闘いの作法、美学を追求するものであります。この闘いの作法とは、動物的な強さだけを求めるのではなく、弱者を虐げない、倒れた相手に追撃を加えないというサムライのプライドであり、武士道です。このシュートボクシングを通じて、格闘技の理念と一般社会の常識を照らし合わせ、厳しい秩序を遵守できる健全な若者を育成することが出きればと願うものであります。


趣 意

現在日本は、様々な社会問題、矛盾がひしめき、それは、これからわが国を担うはずの青少年の生活や言動にも、無気力やいじめなどといった形で写しだされ、現在の社会に大きな波紋を投げかけています。これも、情操面・精神面の教育がおざなりにされている状況が大きく関係しているのではないでしょうか。それにより、少年達の余暇も受験のための塾通いに費やされ、遊びといえばコンピューターゲームのような個人に引き篭もり安いものになってしまっているのです。彼らは、本来学校などの団体活動やクラブ活動で得るべき協調性、精神を学ぶ場所を失っているのです。昨今のスポーツ事情は、プロ・アマ問わず様々な競技にスポットがあたり、健康ブームも手伝って多くの人達が気軽にスポーツに勤しむようにはなりましたが、それだけではなく、精神面の鍛錬を視野に入れた心身を共に鍛練するスポーツの出現が望まれるのは必然といえます。
武士道がそうであるように、技術を磨き、精神を鍛え、人の痛みを知る。それこそが「心身の鍛練による人間形成」の主旨です。
シュートボクシングは「侍は立って闘う」という武士道を踏襲した日本独自の格闘技として世界に展開することを目標に、広く社会的に認知される競技性を確立しつつあります。その過程で、青少年を初めとする多くの人々がこのシュートボクシングという格闘競技に触れて、肉体と精神の鍛錬・修得とその両立が、人間形成に大きく役立つ事を知ることが出きればと思います。