シュートボクシング
HUMAN OF SB

選手をしていると、たくさんの出会いとご縁に恵まれる。そのなかで、ひとりの女性、アサコちゃんを紹介したい。彼女は現在20歳で都内の児童養護施設で暮らしている。(施設は原則18歳までの入居だが、事情によっては延長もある。)

アサコちゃんとの出会いは、2015年の初夏、都内児童養護施設で暮らす児童4名が浅草シーザージムに体験で遊びに来てくれたときのひとりだった。小柄なアサコちゃんは長い黒髪がキレイな、恥ずかしがり屋さん。その日はわたしとRENA選手と児童で、いろんなお話をした。格闘技のこと、暮らしのこと、学校のこと。私たちからたずねても、皆ずっと照れながら恥ずかしそうにしていた。

話をしてからシュートボクシングの体験で、ミットにパンチやキックを打ち込んでもらってからは、緊張もほぐれて笑顔になっていた。「またやりたい?」と聞くと、アサコちゃんも皆「うん」とうなずいてくれた。

その後のシュートボクシングの試合も、施設の皆で応援にきてくれている。 施設の山川さんは言う。 「シュートボクシングに出会って、藍さん、RENAさんに出会って、アサコは本当に変わったんです。休みがちだった学校にも休まずに行くようになりました。試合が近づけば試合が楽しみだから、私も頑張ろうと。あの子は感情を表に出すのがあまり得意ではなかったのですが、シュートボクシングに出会ってから、本当に表情がよく出るようになりました。本当に良い顔をするようになりました。」

アサコちゃんにシュートボクシングを初めて観たときのことをたずねた。「格闘技はテレビとかで見たことはあったけれど、ちょっと恐いし、そんなに興味はなかった。でも藍さん、RENAさんが戦っているのをみると、本当に頑張れって思う。試合のときは、声援とか送るんじゃなくて、心の中で一生懸命「頑張れ!」って応援している。シュートボクシングは、皆リングの上で真剣。だから絶対に勝ってほしいって思う。勝ってくれると本当に嬉しくなる。」

いつもは言葉少なめなアサコちゃんだが、山川さんとの会話を聞いていると、ちょっと甘えん坊な一面もあり、人懐っこい。施設の秋のイベントに遊びに行ったときは、私の手を引き、率先して施設の中を案内してくれた。屋台のごはんや飲み物を持ってきておもてなしをしてくれたり、小さい子の面倒を見るお姉さん的な存在だった。 後で聞いた話だが、私が行くことを知りずっと門のところで待っていてくれたらしい。だからこそ、アサコちゃんとバイバイするときは、いつも寂しい気持ちになってしまう。

アサコちゃんとの思い出のなかで、一番印象に残っている出来事がある。 それは後楽園ホールの試合で、試合直前リング裏でスタンバイしていたときのこと。 トレーナーもセコンドも皆が集中した、あの張り詰めた空気の中、私も試合に全神経を注いでいた。 そのとき、廊下の先にわたしを見つけたアサコちゃんが友達と一緒に走りかけよってきた。 「藍さん、これ……」と、私のグローブの手にそっと差し出す物。 一緒に撮った写真で作られたキーホルダー。 裏を返すと、「普段も、闘う姿も大好きです。ずっと応援しています。アサコより」と書かれていた。

一瞬にして全身の力がゆるむ。涙腺を必死におさえながら、アサコちゃんの顔を見上げる。大きな黒い目でじいっと私を見ている。 「アサコちゃん…ありがとう」。この一言を出すのが精一杯だった。「藍さん、勝ってください!」。私が突き出した拳に、アサコちゃんも拳を合わせる。

あのときは試合への集中が切れそうになるのを、必死になって保とうとしたのを覚えている。嬉しさと感謝を噛みしめたあと、湧いてきたのは腹の底からの闘志と高揚感。数分前の自分よりももっと強いものを胸にし、リングへ向かって行くことが出来た。

 

3月某日。アサコちゃんが通う学校の卒業式。アサコちゃんには内緒で山川さんと一緒に参列する。壇上に上がり卒業証書をしっかりと両手で受け取るアサコちゃんの姿に、心なしか力強さを感じるものがあった。嬉しいことにアサコちゃんは4月からの就職先が決まり、新たなスタートをきる報告を聞いていた。

山川さんいわく、アサコちゃんは欠席や遅刻が続いていて、就職が決まらない状況になりかけていたときがあったそうだ。そのときにシュートボクシングに出会いアサコちゃんは頑張って登校するようになった。出席が安定し、学校から現在の就職を紹介してもらえたと言う。「もしあのまま、欠席や遅刻が続いていたら紹介はしてもらえなかった。シュートボクシングに出会わなかったら今のアサコの環境は違っていたかもしれない」と話してくれた。

私は廊下に並び、拍手で卒業生を見送る。歓喜と惜別が入り混じる中、伏せ目がちに会場から出てきたアサコちゃん。山川さんに気づき、隣りにいる私の姿を見つけると、「わっ」と声をあげ嬉しそうに口を押さえる。その大きな瞳は少しうるんでいるように見えた。

4月半ば、新生活をスタートしたアサコちゃんが私の担当したジムの女性限定レッスンに来てくれた。就職先では不慣れながらも頑張っている様子。生活のリズムも変わり体調を崩すこともあるのが少し心配にはなったが、「シュートボクシングをやっているときとか、体を動かすことが楽しい」と話してくれた。

今年の秋口には新しい住まいも決まり、慣れ親しんだ施設から卒園する。児童それぞれの事情や状況は違えど、いつかは卒園して社会で自活していく。

「そのときに、もし何か、高橋さんにも手を貸していただけたら嬉しいです」と山川さんに言われ、「もちろんです」とうなずかせてもらった。シュートボクシングや試合をきっかけに出会えた人が、何かに向かって頑張っていく話を聞かせてもらえるなんて、選手になる前には想像もつかなかった。アサコちゃんがこれからどのような話を聞かせてくれるのか、今から楽しみである。

高橋藍

元初代シュートボクシング日本女子フライ級王者

1982年5月11日生まれ。千葉県出身。168センチ。シーザージム浅草所属。 元初代シュートボクシング日本女子フライ級王者 2009年プロデビュー。戦績/31戦26勝(12KO)5敗





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