SHOOT BOXING

HUMAN OF SB

戦線を離脱した元王者が、再び歩みだした頂点への道のり。

2017年、いよいよSHOOT BOXING(以下SB)の新章が幕を開ける。シリーズ開幕戦『SHOOT BOXING 2017 act.7』メインイベンターを務めるのは、昨年SBの最高峰『SHOOT BOXING WORLD TOURNAMENT S-cup 2016』で準優勝に輝いたMASAYA選手。シーザージム浅草の同門選手から「練習の虫」と言われるほど、激しいトレーニングに日夜励んでいる。しかし、本人は「未だ完全復活の手応えはない」と話す(※2015年8月に約1年半の長期休養から復帰)。そんなMASAYA選手に「これまでの自分自身」、そして「これからの未来」について心の内を尋ねた。
昨年一年を通して、新たに得たものはあったのだろうか。

いろんなターニングポイントがあった不思議な一年でした。6月にSBのメインを務めさせてもらい、9月にSB日本スーパーライト級のタイトルマッチ、11月に『S-cup 2016』トーナメント参戦。
復帰してから感覚が戻り切っていないところもありましたが、その中で毎回勝負所の舞台を用意してもらい、大きく流れが変わりました。今はだいぶ試合の感覚も戻りつつありますが、シーザー武志会長から「感覚を取り戻すのには空いた期間の倍の時間がかかる」と言われました。それでも何とか一年で取り戻そうって思ってやってきましたけれど、本当にそうだなって感じています。

戦線を離脱した元王者が、再び歩みだした頂点への道のり。
MASAYA選手が取り戻そうとしている「感覚」とは、一体いつの頃を差しているのだろう。

19歳のときですね。スタミナもあってバリバリ動けていたときです。バカみたいに練習ばっかりしていて、あの時は本当に「誰とやっても怖くない」って気持ちでした。愛知から上京したばかりで怖いものがなかったし、とにかくまっすぐでした。そのときと比べてしまうと、心も体も「まだまだ」って感覚があるんですよ。心技体が…。

その反面「成長できているかもしれない」と思う部分もあります。それは苦手な選手にも勝てるようになってきたところ、とか。11月に対戦したベネット(チャールズ・“クレイジーホース”・ベネット 米国選手)みたいに本能で戦うタイプの選手に、ずっと苦手意識がありました。でも試合で先にダウンをとられても気持ちが折れることはなかった。ダウンを取り返して逆転勝ちできたのは、自分にとってすごく大きいことだった。
(2016年 S-cup65kg世界トーナメント1回戦 MASAYA選手 2R TKO勝利)

そうは言っても、もう少し感覚を取り戻していきたいんです。やり続けていればそのときが来るかもしれないし、もしかしたら現役中に来ないかもしれない。でも、それならそれでいいのかな。挑戦していくしかないんで。

戦線を離脱した元王者が、再び歩みだした頂点への道のり。
幼少の頃のことを尋ねると意外な様子を話してくれた。

小さい頃は一匹狼でした。基本ひとり。学校が終わってから友だちと遊ぶことはなかったですね。母親の格闘技好きの影響で、8歳から空手をやってたんで、学校終わってすぐに空手の練習へ行ってました。周りで格闘技好きな友だちがいなかったんで、みんなと話も合わないし。だから毎日ひとりで空手の練習にいって、練習をとことんしていました。

休み時間は基本机で寝ていましたし、みんなの輪に入らないし、クラスで一致団結する文化祭とか合唱コンクールとかも苦手でした。「俺にかまわないで」って空気出していたんで、周りからは「こいつ、やる気ないな…」って見られていたと思います。団体行動がとにかく苦手。東京に出てきてから、いろんな人と接する機会が増えて、胸張って得意と言えるほどではないですけど、変わってきたかなとは思います。

戦線を離脱した元王者が、再び歩みだした頂点への道のり。

運動神経は悪かったですね。短距離は遅い、球技は苦手でバスケは突き指の嵐、サッカーなんかオウンゴールしか出来ないし…。でも長距離だけは自信がありました。空手はとりあえずやっているって感じだったんですが、火がついたのは小4のとき。小1の弟が大会に初挑戦して初優勝したんですよ。僕はそのとき他のブロックで初戦敗退。それがすっごく悔しくって、それから練習への態度が変わりました。なんか弟に負けたようで悔しいじゃないですか。でも、その後も2回戦負けとかで、なかなか結果にはつながりませんでしたね。

僕のブロックには全国制覇を何度もしている奴がいました。そいつとは10回試合して10回負け。だからそいつがいる間は優勝することができなかった。小6のときに向こうが先に空手をやめてしまうのですが、最後に僕が大会に出るのを知って、出場予定がなかったのに出てくれたんです。でもその試合も、負けてしまいました。どうしても勝ちたかったけど、勝てないまま終わっちゃいましたね。
初優勝は中1のとき。中学生の部で僕は当時150センチ50キロと出場選手の中で一番小さく、他の選手は年上ばかりで170センチ、70キロと大きい選手ばかりでした。そんな選手たちを相手に勝って、最後の最後に優勝することができたんです。嬉しかったですね。

それからPRIDE(格闘技イベント)の影響で総合格闘技の選手になろうと思っていたんで、空手を辞めてグラップリングシュートボクサーズ名古屋(以下GSB)に入りました。総合格闘技の選手になるシナリオも描いていたくらい本気で。そんなときに、同門のプロ選手がSBの後楽園大会に出場するからってことで、東京へ応援に行ったんです。その大会でメインを務めていたのが緒形さん(※初代SB日本スーパーウェルター級王者)でした。緒形さんがあまりにもカッコよくって、一瞬でファンになっちゃったんです。(※”SHOOT BOXING 2007 無双 ~MU-SO~ 其の参" 2007年7月28日(土) 東京・後楽園ホール 緒形健一対アダム・ヒグソンの一戦)

その試合は、緒形さんがダウンをとられて結果的には負けてしまうんですが、ダウンとられてからの巻き返しがすごくて、あと5秒あったら勝っていたかもしれないってくらいすごい試合で。その試合を観て「SB選手になる!」って決めました。

戦線を離脱した元王者が、再び歩みだした頂点への道のり。
SB選手を目指しながら高校生で初参戦した「K-1甲子園-70kg級」で中部地区優勝、全国準優勝の成績をおさめた。その肩書きを引っさげ、念願のSBプロデビューを果たしたMASAYA選手だったが、初戦は黒星スタートだったと言う。

デビュー戦5日前に新型インフルエンザにかかってしまい、試合出来るかギリギリだったんです。何とか治して参戦したものの、シュートポイントをとられて負けました。悔しかったんですけれど「しょうがない…」って気持ちでした。その翌月すぐに試合が決まったので、そこではしっかり勝ちました。

高校卒業後、上京してシーザージム浅草所属になるのですが、高校3年のときにシーザー武志会長から「一度きりの人生、頑張ってみないか」と声をかけていただいたのがきっかけです。

それと、緒形さんが僕をアマチュアの頃から見ててくれたことも大きかったんです。アマチュア大会に出たとき、緒形さんのブログに僕のことを書いてくれているって知人が教えてくれ、それがすごく嬉しくて。GSB名古屋のときから、何かと気にかけてくださり、東京に来てから迷惑ばかりかけていますが、何かと面倒をみてくださいました。緒形さんは厳しいけれど、僕はすべて愛情に感じる、人生の恩人です。

戦線を離脱した元王者が、再び歩みだした頂点への道のり。
新しい一年のスタートにMASAYA選手にとって「自分に必要なものは?」と尋ねてみた。

うーん(しばらく考え込む)。

柔軟性。僕、頭が異常にかたいんで…。周りからもよく頑固って言われます。柔らかくしようと思っているけれど、できない…むしろヒビが入っちゃう。

柔軟性の取り入れ方? うーん、あっためるとか? どうやったら出来ますかね? 意識と考え方をもっと素直にするとか…。でも、逆に自分に柔軟性があったら、つまんなくなるんじゃないかな?(笑)。考え方を変えたいって思う反面、変えたくないって思うところがあるかもしれないですね。

長期休養で地元に戻ったときにいろいろな仕事をしました。「格闘技から離れて何やっているんだろう」って思う毎日でしたが、「今出来ることをやろう。生きていくためにお金を稼ぐことを考えよう」って自分に言い聞かせていました。でも、本当は心の底で思っていたんです、「どこか刺激が足りない」って。それでも、リングに戻るのが怖かった。そんなとき、こんな自分を見兼ねた母方の実家がある桑名(三重県桑名市)の人たちが、じわりじわりと背中を押し続けてくれたんです。それで、やっと自分のやりたいことがハッキリして、すべて一からやり直しさせてもらえるか、そのスタート地点に着くことが出来ました。

ご迷惑をおかけしたSBの方々、関係者の方々には、こんな状況があったにも関わらず、こうしてリングに上がらせてもらっていることに感謝しています。

今は上がれるところまで上がっていくこと、負けた選手に借りを返しにいくこと、こんな自分をあたたかく見守ってくれた人たちへ、恩返しをしていきたいです。

戦線を離脱した元王者が、再び歩みだした頂点への道のり。

周りからの声援をプレッシャーととらえるか、期待ととらえるか。心の有り様は否応なくリング上の立ち振る舞いにあらわれる。来る2月11日(土)後楽園ホールにて行われるシリーズ開幕戦『SHOOT BOXING 2017 act.7』でメインをはるMASAYA選手の戦いに注目が集まる。

大会概要はこちら

https://shootboxing.org/tournament_schedule/12333

聞き手 : 高橋藍

MASAYA(まさや) プロフィール写真

MASAYA(まさや)

1993年10月13日生まれ 愛知県出身 
シーザージム浅草所属
SB日本スーパーライト級王者
身長175センチ/67.0キロ 34戦23勝(10KO)10敗1分

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